Case Studies

「毎日の端末持ち帰り」と「学校サイト」端末で学ぶ時の小さな失敗は学びの宝物

教育委員会訪問

―石川県―
能美市教育委員会

石川県能美市では「毎日の端末持ち帰り」と「学校サイト」を両輪にGIGAスクール構想を展開している。2024年1月1日の能登半島地震では、1人1台端末が子供・先生・学校を結ぶ「インフラ」であり、災害レジリエンスを高めることが再認識された。ICT化推進の理念および日頃の取り組みの様子を、教育委員会と3つの小中学校で取材した。

 「毎日の端末持ち帰り」と「学校サイト」端末で学ぶ時の小さな失敗は学びの宝物
能美市教育委員会

能美市教育委員会 〒929-0113
石川県能美市大成町ヌ118番地
TEL: 0761-58-2271

ミドルポジションの先生を軸に先進事例の共有・校務の効率化

 「はやく行きたければ一人で進め。遠くへ行きたければみんなで進め。」。能美市教育委員会 学校支援課 課長の亀田香利氏が、GIGAスクール構想の進め方で大事にしている海外のことわざだ。

 石川県南部の能美市は、2005年に根上町、寺井町、辰口町の3つの自治体が合併して誕生した。市内には小学校が8校、中学校が3校あり、児童生徒数は約4200人である。Chromebook™ の導入は2020年11月、本格的に活用したのは2021年から。「Chromebook の小さな失敗はOK! GIGAで学びの改革を進めていこう!」という木下浩明教育長の方針のもと、2024年時点では各地区の小中学校1校ずつ、計6校が文部科学省のリーディングDXスクールに指定されている。

 同市では、まず教育委員会がけん引役となり、端末の活用や先生対象の研修会などを実施した。しかし、教育委員会だけが走っても取り組みの広がりには限界がある。理解者を増やそうと、教育委員会と大規模校の校長によるプロジェクトチームを立ち上げた。その話し合いで大きな方向性を決め、全校長参加の校長協議会に下ろす仕組みだ。

 ただし、各学校の現場では、校長からのトップダウンだけではなかなか浸透しないかもしれない。一方、先生一人一人の意見を吸い上げるボトムアップは合意形成までに時間がかかる。そこで主任やGIGAリーダーといったミドルポジションの先生向けの研修会やネットワークを利用し、端末を活用した授業のポイントや校務の効率化などの情報提供を繰り返した。

 「管理職の意向を反映するとともに、管理職へアイデアを提案することもできます。そして、若手とも距離が近い。能美市でGIGAスクール構想の理念や教育DXを迅速に実践できたのは、この『ミドル・アップダウン』をベースに先進事例を〝みんなで〟共有できたのが大きいです」(亀田氏)

Google Classroom で子供同士が安否を確認し合う

 能美市のGIGAスクール構想の代表的な取り組みは、児童生徒に関しては「毎日の端末持ち帰り」、校務など学校の運営面では各校オリジナルの「学校サイト」、そして保護者連絡のデジタル化だ。

 第一の毎日の端末持ち帰りについて、能美市はチエルのWebフィルタリングツール『InterCLASS® Filtering Service』(インタークラス フィルタリングサービス)を導入。小学生は7時から21時、中学生は6時から22時まで使用可能と時間設定はしたが、それ以外の細かいルールはほぼ設けなかった。この柔軟な方針により、子供たちが、学習指導要領の「協働しながらさまざまな社会的変化を乗り越え」る力を身に付けていることを図らずも証明したのが、2024年1月1日の能登半島地震だった。

 能美市は震度5強の揺れに見舞われたが、直後から各学校の Google Classroom では児童生徒が情報交換を始めた。タイピングを練習中の特別支援学級の児童は、動画をアップして部屋の中の物が散乱した様子を友達に伝えた。いずれの Google Classroom のやり取りも、最初の投稿は児童生徒だった。

能美市の小中学校では2022年9月から端末を毎日持ち帰ることを徹底している
能美市の小中学校では2022年9月から端末を毎日持ち帰ることを徹底している

 「先生の Google Classroom のやり取りへの参加は、学校や学年、クラスで異なりました。途中から会話の輪に入って不安な心境を吐露する子供を安心させる先生もいれば、チャットのやり取りをじっと見守り続けた先生もいました。どちらが正解ではなく、児童生徒のネット上でのコミュニケーションを見て、その時その時で最適と思われる判断の結果と捉えています」(亀田氏)

 市内の能美市立寺井小学校の児童320人に聞いたところ、Google Classroom に「コメントした」が24・7%、「コメント見た」が34・1%だった。約6割の子供が、手元の端末を使ってコメントや写真・動画で地震の様子を送受信していた。

 ある児童(小学校2年生)は端末で作成したデジタル年賀状に、「3学きも一しょにがんばりましょう」と前向きなメッセージを添えて友達に送った。困難に直面しても、自分なりにふさわしい言動や解決策を考え、判断し、行動する力。これは、Chromebook を毎日持ち帰らせて操作に慣れさせていたこと、さらに厳格な運用ルールでしばらず子供の自主性を重んじたことが要因の一つと考えられる。

 「能登半島地震を通じて私たち教育委員会が学んだのは、1人1台端末は児童生徒の学び、そして子供・先生・学校を結ぶ『インフラ』であり、災害レジリエンスを高めるものであるということです。教育イベントなどで地震発生後の子供たちの行動を紹介するたびに、端末持ち帰りについて躊躇している先生方や教育委員会関係者がまだまだ多いと感じます。この状況を変えるには、端末のトラブルや、ネット上のやり取りは先生の目が届きにくいといったネガティブな面を心配ばかりするのではなく、フィルタリングなどで環境を整えた上で子供の可能性を信じ、『Chromebook の小さな失敗は学びの宝物! OK!』と大人がマインドチェンジすることが重要ではないでしょうか」(亀田氏)

各学校が用途に応じたオリジナルのサイトを活用

 国策で進められているGIGAスクール構想に関して、毎日の端末持ち帰りが児童生徒の成長を促しているとすれば、学校の積極的なICT活用を後押ししているのが「学校サイト」である。Google サイト™ を使えば、Webページを構成する言語のHTMLといった専門知識がなくても、簡単にWebサイトが作成可能だ。能美市では、各学校が用途に応じてオリジナルのサイトを立ち上げ、校務のデジタル化や関係者の情報共有に活用している。

 例えば、すべての先生・児童生徒・保護者が閲覧できる対外用のポータルサイトのほか、その学校の教職員のみ、教職員と教育委員会、学年やクラス単位、生徒会、部活動などさまざまな種類がある。各サイトにはそのコミュニティでよく使うアプリやカレンダーなどのほか、チャット機能も搭載できるため、リアルタイムの情報のやり取りに便利だ。

 能美市立辰口中学校は、先生と生徒のコミュニケーション専用サイトを運用。生徒は「記名 or 無記名」「面談希望 or つぶやき」から選べるので、悩みの内容や今の自分の気持ちに合わせて相談できる。

 また同校では、生徒が学校運営のICT活用のアイデアを投稿するサイトも設けている。能美市では、予定係の生徒が昼休みに職員室を訪ね、先生に今後の授業予定を聞き、教室の黒板に記す慣習があった。そのため、昼休みの職員室前は各クラスの予定係の生徒であふれていた。

 「ある生徒が『各クラス名・教科名・授業内容・持ち物が記入できるGoogle スプレッドシート を用意し、学校サイトで公開すれば予定係の負担が減るのでは』と提案すると同時に、『この要件のシートをデザインしてくれる人を募集します』と呼びかけました。その意見に賛同した先生や生徒の協働作業で予定係専用の Google スプレッドシート を作ったところ、昼休みの職員室前の混雑を解消でき、時間のゆとりが生まれました」(能美市教育委員会 学校支援課 課長補佐 兼 指導主事の仁地裕介氏)

保護者との連携もデジタル化し学校現場の働き方改革に貢献

 能美市では、保護者との連携でもデジタル化に力を入れている。日々の欠席遅刻連絡、各種のお便り配信やアンケート調査、個人懇談の希望日時調整のほか、PTA総会もリアルとオンラインのハイブリッド開催だ。このような学校サイトを活用した校務DXは、先生の授業以外の業務負担を軽減するなど、学校現場における働き方改革にも貢献しているという。

 2022年9月に毎日の端末持ち帰りを最初に打ち出したとき、先生や保護者から「端末が重くて子供がかわいそう」という声も上がった。しかし、教育委員会は「教科書は必要なものだけ持ち帰り、他は学校に置きっぱなしでいいので、端末は持ち帰って学びや連絡に活用してほしい」と各学校に依頼した。

 「デジタル化が社会の隅々に普及した現在、前例にこだわるクローズドなコミュニティは時代のニーズを汲みとれず、衰退していくのではないでしょうか。反対に、校務や学習のDX化などの良い取り組みは積極的に取り入れ、シェアする自治体や学校は、他のコミュニティから良い情報がどんどん入ってきます。これからもオープンな気風を大事にしながらICT活用を推進していきます」(亀田氏)

 従来の発想に固執せず、ICT環境の可能性に挑戦する能美市教育委員会の姿勢は、学校運営のデジタル化を後押しし、自発的・主体的行動がとれる児童生徒を育んでいる。

※Chromebook、Google スプレッドシート、Google サイト は、Google LLC の商標です。

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