同時双方向型オンライン授業を実施
―熊本県―
高森町教育委員会/高森町立高森中学校
2012年から教育現場でのICT活用に取り組み、「1人1台」の環境で遠隔合同授業などを日常的に実践してきた高森町。そのノウハウは、臨時休業中や学校再開後の取り組みにどう活かされたのだろうか。同時双方向型オンライン授業をはじめとした同町の新たな挑戦についてお話を伺った。
高森町教育委員会
〒869-1602
熊本県阿蘇郡高森町大字高森2168
TEL 0967-62-0227
高森町立高森中学校
〒869-1602
熊本県阿蘇郡高森町高森1955
1947年創立。「自ら考え行動し、未来を拓く生徒の育成」を学校教育目標とする。吹奏楽部が県のコンクールで4年連続最優秀賞、剣道部が全国優勝の実績をもつなど、部活動も盛んである。
同時双方向型オンライン授業を実施
熊本県高森町は、県の最東端に位置し、雄大な阿蘇五岳を望む人口6600人ほどの小さな町だ。町の中心部に小学校と中学校が1校ずつ、そして車で40分ほどの場所に高森東学園義務教育学校がある。
2012年から、行政との連携で学校のICT環境整備に力を入れてきた。特別教室を含む全ての教室と体育館に電子黒板と実物投影機、無線LAN、児童生徒1人1台のタブレットPCを整備している。
また、遠隔教育システムを日常的に活用することで、小規模校、山間部やへき地の学校が抱える教育課題を解決してきた(文部科学省「遠隔教育システム導入実証研究事業」実証地域)。
2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて突然始まった臨時休業。当初は春休みまでの予定だったこともあり、オンラインを使った取り組みは任意参加の授業や健康観察にとどまった。ところが4月以降も休業となることが決まり、本格的に同時双方向型のオンライン授業への取り組みをスタートした。
元より1人1台など整備の整っている高森町。WiFi環境のなかった一部の家庭にルーターを貸し出すなどして、必要な環境は比較的すぐに整った。また、今回のオンライン授業等で必要となる備品の購入に町の予算が当てられ、各学校で授業時に教員が装着するヘッドセットなどを調達した。
町立高森中学校では当初、本来の時程表どおり6時間の授業を同時双方向型オンライン授業として実施した。50分間の授業と10分間の休憩を繰り返すパターンを3日間ほど続けたところで、生徒から「ずっと見ているのは疲れる」「頭が痛い」などの声があがった。そこで、1・3・5時間目は1組、2・4・6時間目は2組というように授業の時間を減らし、授業の間の時間は各自で休憩や出された課題に取り組むといった方法にシフトした。
オンライン授業のための授業づくり
文部科学省の調査によると、臨時休業中に同時双方向型のオンライン指導を通じて家庭学習を行った公立学校は2020年4月16日時点で5%、6月23日時点で15%という結果となっている。
高森町では、これまで遠隔合同授業を始めとして数々の実践を日常的に行ってきた。そのノウハウがあったからこそ、これだけスピード感のある対応が可能となったといえるだろう。それでも今回の「同時双方向型」のオンライン授業は試行錯誤の連続だったという。
高森中学校の藤岡寛成校長は次のように話す。「これまで取り組んできた遠隔授業は、教室に教員と子供たちがいる上で、離れた場所の教室とつないだり、専門家とつないだりしていました。ところが今回のオンライン授業では、子供たち全員が画面の向こうにいる。これは誰も経験のないことでした。そういう意味では、ベテランの教員も初任者も同じスタートラインに立っていたと思います」
同校での授業は、各教室で黒板と向かい合わせの位置に電子黒板を設置し、テレビ会議システムを使ってそこに生徒たちの顔が映るような形で行った。教員が2人一組となり、1人が黒板の前に立って授業を進行、もう1人が機器の操作や生徒の状況確認を行う。実物投影機をカメラとして使用し、授業の進行に合わせて向きを変えたり、映像を拡大したりした。
猿渡裕幸先生は休業期間中を振り返り「オンライン授業ならではの教材研究・授業研究があった」と話す。「黒板の文字はカメラで拡大すれば読みやすくなりますが、一部だけ拡大すると今度は全体が見えなくなってしまいます。そういったこともふまえて、文字のサイズはどのくらいが適切なのかなど、教員同士で話し合いながら毎回少しずつ改善していきました」
まずは「やってみる」ことから
オンライン・同時双方向での一斉授業の形に慣れてきた頃、テレビ会議システムにグルーピング機能があることに気づき、さっそく授業に取り入れた。クラスを5つのグループに分け、グループ活動の時間を設けた。「やれないことはなかったですが、実際の教室で同じ活動をする場合に比べると教師の目が届きにくいとも感じました」と猿渡先生。今後もよりよい方法を探求していく。
教育委員会審議員兼教育CIO補佐官の古庄泰則氏は次のように話す。「委員会としては当初『通常の授業に近い実践をしてほしい』とお願いしていましたが、現場での取り組み、実際の授業を見ていて、『オンラインならではのやり方がある』と感じるようになりました。例えばオンラインでのグループ活動も、生徒が学習リーダーとしてしっかり育っていけば、教師の目が届きづらくてもより充実した活動が可能になるでしょう。今後も実践を重ねていく中で新たに見えてくるものがあると思っています」
高森町では、普段から学習ガイド(小学校)・学習リーダー(中学校)役の子供が司会役を務め授業を進行している。オンライン授業という新しい方法の中で、学習ガイドや学習リーダーが活躍する場面はさらに増えそうだ。
高森中学校では、実技教科も含め全ての教科で同時双方向のオンライン授業に取り組んだ。美術では実物投影機で教員の手元を映したり、体育では体づくり運動を行ったりした。合唱も試みたが、声の聞こえ方に時間差があるためなかなかうまくいかず、音楽の鑑賞や、英語のデジタル教科書での音声の再生などでは、スムーズに授業が行えたという。
「オンラインでは無理だろう」と決めてかかることなく、まずはやってみて、失敗と成功を積み重ねていく。このスタンスが、教育現場でのICT活用の可能性を最大限に引き出すポイントの1つといえるだろう。
「授業」を見つめ直すきっかけにも
藤岡校長は、臨時休業期間中の在宅勤務の日に生徒と同じ条件でオンライン授業に参加したことで「授業の原点に立ち返るきっかけになった」と話す。「1年生の英語の授業で、アルファベットを書く練習でした。画面には4線と先生の手だけが映っていて、先生の声が聞こえてきます。それを見て、『授業の重要な部分を切り取った情報』に、はっとさせられました。これがもし通常の授業であれば、生徒たちには黒板の全体が見えているし、他にも授業に直接関係のない色々な物が目に入るでしょう。普段私たちが授業をするときに、生徒たちの視線の先に何があるか、重要な情報にきちんとフォーカスさせられているかどうかを、どれだけ意識できていただろうかと振り返りました」
教員からも、オンライン授業をきっかけに「聞こえやすい話し方」「見えやすい板書のしかた」を再認識したという声があった。
休業期間中は教員が互いの授業を毎日見合い、夕会ではオンライン授業に関しての情報交換を行った。また、町内の学校どうしの連携もこれまで以上に活発になった。
授業を見つめ直す機会や、教員どうしの交流が増えるなど、プラスになった面も多いようだ。
学校再開、さらに新しい方法を模索
学校再開後も、様々な行事や活動について新しい方法を模索し続けている。
例えば生徒総会。これまでは体育館に全校生徒が集まって行っていたが、今回は初めてテレビ会議システムを使って行った。生徒会役員の生徒が会議室に集まり、各教室とテレビ会議システムでつないで意見の交換が行われた。各教室という小さい単位での意見交換が可能になるため、体育館で行う場合よりも活発な意見が交わされるメリットもあった。
その他、2・3年生を対象とした高校説明会や、町全体の教員研修などもテレビ会議システムを使って行った。
猿渡先生は、今後さらに取り組みたいこととして「資料の共同編集」や「ペーパーレス化」などをあげる。
例えば委員会の年間計画の資料は、毎回10の委員会の各委員の生徒が作成したものをそれぞれ印刷し、綴じて配付していたが、間もなく1人1アカウントが提供されるG Suite for Education™️のツールを使って共同編集を行い、印刷するのではなくデータとして配付・管理することを考えている。
「学校は紙を使う習慣が根強くあります。印刷をして綴じてという作業はこれまで当たり前にやってきましたが、新しい方法に変えることで教員の働き方改革にもつながるのではないかと思います。学級通信なども、今は紙ですが、データ化して配付することは可能ではないでしょうか」(猿渡先生)
ICT活用の可能性は尽きない
藤岡校長は「これからの教員に必要なマインド」を次のように語る。「今後はますます、『実際にやりながら修正していく』ことが求められます。準備に時間をかけすぎるのではなく、試行錯誤しながら少しずつ質を上げていく。アプリケーションのバージョンアップのようなイメージです」
「ICTはツールの1つであって、常に前提として、子供たちの人間性や学力を育むという目的があります。今後も先生方から新しい使い方のアイデアが出てくることを楽しみにしています」(古庄氏)。
高森町は、臨時休業をきっかけに得たノウハウを活かし、これからも学校の「新しい日常」を探求していく。
高森町立高森中学校
授業のようす
放課後「オンライン英会話」
町をあげて取り組む「基礎的な学力の向上のための時間」では、町内の小中学校全ての学年で、個別学習教材やタッチタイピング練習など、様々な学習活動を行っている。
その中で、今年度から小学校6年生と中学校2年生が取り組んでいるのは週2回の「オンライン英会話」。一人ひとりにマンツーマンでネイティブスピーカーの講師がつき、テキストに沿って英会話を学んでいる。
テキストの内容に直接関係のない部分でのやりとりも英語で行われ、英語科の教員がサポートしながら進める様子が見られた。
*G Suite for Educationは、Google LLC の商標です