地域の大学が小学校の授業を支援
―鹿児島県―
鹿児島大学 教職大学院
教師のICT活用指導力向上が急務となる中、それを身につけるための研修の在り方にも変化が求められている。鹿児島大学教職大学院は県内外の教育委員会と連携し、院生が小学校のプログラミングの授業をサポートする。小学校の現場の教員の指導力向上につなげることがねらいだ。
鹿児島大学 教職大学院
〒890-0065
鹿児島県鹿児島市郡元1丁目20番6号
鹿児島大学大学院 教育学研究科 学校教育実践高度化専攻(教職大学院)は,鹿児島の地域や特色を活かして,鹿児島の教育の課題に取り組む大学院として,平成29年度に開設。ICT活用教育やアクティブ・ラーニングなど現代の教育課題を解決する資質を自ら身に付けるだけでなく,他の教員と効果的に協働し,リーダーとしてチーム学校というシステムに効果的な影響を与えることのできる教員の養成を行っている。
大学院生がプログラミングの授業を支援
取材当日、山本朋弘先生の研究室に所属する教職大学院2年生の3名が、それぞれテレビ会議システムを使って小学校の教室に接続する準備をしていた。
小学校現場の教員のICT活用指導力を高めることを目的としたこの取り組みは、小学校で行われるプログラミングの授業を教職大学院の学生が支援するというもの(図1)。鹿児島市内の小学校の場合には学生が直接出向くが、遠方や離島の小学校を支援する場合にはテレビ会議システムを利用している。支援の対象としているのは「プログラミング教育の研修を一度も受けたことがない教員」だという。
支援の内容は次の通りだ(図2)。プログラミングの授業全5回のうち第1次と第4次では院生が授業者となり、小学校のクラス担任は児童と共に活動をする。それ以外の授業は担任が行い、不明なことがあれば、院生が支援に入るタイミングで質問を受ける。また、グループでの話し合いの際には院生がファシリテーターとなる。
山本先生は次のように話す。「小学校現場の教員は、院生の説明を聞いたり児童と一緒に活動したりする中でなんとなくやり方がわかれば、もともと教えることに関してはプロですから、初心者であってもプログラミングの授業ができるようになっていくのです」
プログラミングの授業が「特別なもの」とならないよう、大学側が小学校の時間割に合わせ、突然の時間変更にも柔軟に対応している。わざわざセンターに行かなければ研修を受けられない、ゼロからみっちり学ぶ、といった従来の教員研修ではなく、先生方も子供と一緒に学んでいくというのがこの企画の趣旨だ。プログラミング教育の入り口の段階だけ、院生が小学校の教員をアシストする。教員の研修に関して外部の機関や人的支援をうまく活用することの試みとして行っている。
遠隔システムでの授業支援
この日の支援対象は熊本県高森町立高森中央小学校の5年生のクラスで、授業はテレビ会議システムを使って行われた。今回が第一回の授業だという。授業のテーマは「低学年の友達に遊んでもらうゲームをつくる」というもの。使うツールは、ブロックエディターを使ってプログラムすることのできる手のひらサイズのマイクロコンピュータだ。
初回の授業ということで、まずは互いの自己紹介から始まった。大学院生は子供たちの自己紹介を聞きながら、座席の位置と児童の名前を一致させるためメモをとる。
本時の活動は、これからつくる「ゲーム」の要素となる機能を理解すること、そして、プログラミングを実際に作成してみることだ。
LEDの組み合わせによって任意の図柄を表示し、それを使ってゲームの要素になりそうなプログラムを1つずつ紹介する。図柄を点滅させたり、ツールを傾けその傾斜角度を表示させたり、グー・チョキ・パーに見立てた図柄をランダムに表示させたりといった例を、実際にプログラムを実行することで示していく。プログラムはブロックエディターを使って行うため、テレビ会議システムの画面共有機能を使って説明しながら進めていた。PC上で作ったプログラムは、保存してツール本体に転送することで実際に動くようになる。ツールが小さいので、説明の際には実物をカメラに近づけて指をさしたり、全員が理解できているかどうかを確認するためにその都度児童に挙手を促したりと、遠隔授業ならではの光景も見られた。
単純な機能の説明の間にも、接続先の教室では、本体に電池が入っていない、転送のためのケーブルが用意されていない、転送に失敗するなどの様々なトラブルが発生し、大学院生たちは臨機応変の対応を迫られる。接続先の教員はプログラミングに関しては初心者であるため、院生側が主導的に進めなければならない場面も多くあった。
教職大学院としての教員養成
現場の教員のICT活用指導力向上を第一の目的とする取り組みではあるが、当然、院生のスキルアップ・教員養成の一環として寄与するところも大きい。
最初の頃は授業中にトラブルがあると山本先生のアドバイスを待つこともあったが、少しずつ、状況を見て対応できるようになってきたという。また、今後は子供たちのスキルが高まることによって、授業がもっとスムーズに行くようになると山本先生は予想している。
授業の振り返りでは、山本先生から大学院生に対して様々な指摘がなされた。それぞれのトラブルに臨機応変に対応できたことを評価する一方で、発問のタイミングや内容については「無駄な問いかけが多かった」との厳しい指摘もあった。授業の本筋とは関係のない、補助的な問いかけが多くなることで、子供の思考が拡散し混乱を招いてしまう。一問一答でやりとりが終わってしまうような問いかけではなく、学習内容の本質に関わる「思考を誘発する」発問を工夫すべきとの指導に、院生たちは自身の発問を振り返る。
院生たちから「対面の授業と比べて、遠隔で授業をするのは難しい」という声が聞かれることもあるが、山本先生は「決してそんなことはない」と断言する。「遠隔だからこそ、子供をちゃんと名前で呼ぶとか、理解状況を確認してから次に進むとか、授業の本質的で大切な部分が浮き彫りになってきます。子供を取り残したまま授業を進めてしまいそうになるとき、対面の授業だと気づけない場合があります。遠隔授業の場合には必ず確認してから次に進むので、自分がどんな指導をしているのかを見つめ直すためにも、とてもいい機会なのです」
院生へのインタビューからも、遠隔授業の経験を重ねることで多くの気づきを得ていることが伺えた。
「遠隔授業では、指示が通っているか、理解できているかどうかを見取らないと次に進めないので、ゆっくり話したり、確認のタイミングを増やしたりしています」(新留一穂さん)
「直接近くで見取ることができない分、子供たちどうしで確認し合う場面もつくるように心がけています」(寺内愛さん)
「対面の授業と遠隔授業で共通する部分があって、対面の授業だと当たり前になってしまうことを改めて見直すことで、これからの授業に活かしていけると思っています」(中村友哉さん)
山本先生は、教職大学院における「教員養成の高度化」について次のように話す。「教師の指導力は、現場での長年の経験によってのみ熟達するようなものではなく、もっと理論的に、自身の授業を振り返り考察することを繰り返して向上させなければいけません。反省的実践家という言葉がありますが、常にどこかに課題があるという意識をもって授業に向かい、なぜこのときうまくいかなかったとか、どうすればうまくいったのかを振り返るのです。院生を見ていると、どうしても自分が子供の頃に受けてきた授業のイメージ通りに授業をしようとする傾向があるように思います」
教職大学院では、教育実習も学部の時よりレベルアップし、先輩教師の指導と自分の指導を比べてどこがどう違うかを自分で見つけることを大切にするという。毎回の授業の振り返りを徹底し、授業を客観的な視点で考察する習慣を身につけることが必要だ。
研修に対する意識改革を
小学校の教員、児童、教師を目指す学生という三者がそれぞれの学びを得られるこの取り組みは、限られた時間の中で教師の指導力を向上させる有効な方法といえるだろう。今後、このような取り組みを広めていくためのポイントを、山本先生は「教員研修の枠組みを見直し、意識を変えていくこと」と話す。
研修というと一か所に集まってやるというイメージがまだまだ強いが、遠隔や、映像で学ぶことで、学ぶ機会そのものをもっと増やすことができる。特に変化の激しい時代にあっては、常に新しいことを、学びたいと思ったときに学べる環境が必要だ。「教師は『子供とともに学ぶ』ことをもっと当たり前にしていく必要があります。プログラミングにしても、教師が全部知っていて完璧に操作できないと授業ができないという感覚は無くしていくべきです」
また、遠隔での授業をスムーズに行うための設備が不可欠であることは言うまでもない。GIGAスクール構想によって環境整備が進むことは、遠隔授業にとってもかなり追い風となる。多くの企業でテレビ会議システムを使った会議が日常的になっているにもかかわらず、それが学校となると途端に珍しいものになってしまう。遠隔授業を実践する学校の中にも、実際に接続するのは年に1回という学校もあり、日常的・継続的に行える環境が望まれる。
環境の整備や外部機関との連携はもちろんのこと、教育現場の意識改革こそが、これからの教師の指導力向上のポイントといえそうだ。